診察室の窓から4

安曇野の移ろう風景  副院長 神経内科  中野 武

街は知らない間にも少しずつその姿を変貌させます。しばらく経つと新しい街の気配に慣れて、以前の様子は全く忘れられてしまいます。共有していたはずの街の記憶が風化し、そこにノスタルジアが生まれます。そして遠い昔の街並みの写真集が売られます。

この病院に来て20年がたちました。それ以前は大学からの非常勤で勤務していました。通算すれば30年この土地で医者をしてきたことになります。見岳町と呼ばれる安曇野日赤のある界隈もだいぶ変わりました。病院の新しい建物が誕生して一段と街の様子は変わったように思います。

かつて病院の東側は田沢橋まで大きな建物が無かったし、周囲には豊岳荘や農協の自動車整備工場がありました。その後に大きなショッピングセンターや食べ物屋さんが出来ました。

今度は病院の北側に市の文化施設が建設中です。新しい街並みが作られます。昭和20年頃の街の様子。どこかの公民館で航空写真を見たことが有ります。当時駐留していたアメリカ軍によって撮影された写真のようです。農地の間に集落が点在する安曇野の風景です。

昭和30年代の航空写真はインターネットで閲覧できます。20年代とはそう目立った変化はありません。やはり高度成長時代に街の変化が加速されたようです。「人は去っても面影は去らず」。建物や街並み、街の風景も同じです。そこに暮らした人々、行き交った人々の面影が残ります。