診察室の窓から2

夏の終わりに  副院長 神経内科  中野 武

  常念岳の真上に日が沈む季節になりました。日没の地点は季節と共に少しずつ移動し、一年で回帰します。太古の昔、今見慣れている安曇野の地形が出来てから、毎年繰り返されてきたことでしょう。残暑が強いある日。夏の終わりの強い日差しを、一階北向きの診察室からも感じます。「紅くして黒き晩夏の日が沈む」(山口誓子)。この句は、来診されたもと学校の先生Nさんから教えていただきました。この季節、病院から望む常念岳も、山肌が青さを通り過ぎて黒く見える時があります。周囲の木々の緑は未だ夏の盛りです。風も無いからでしょうか、蝉の鳴き声も大きく聞こえます。蝉も過ぎて行く夏を惜しんで、一層忙しく鳴き続けるのでしょう。季節は静かに秋に向かいます。

 古い写真集が手元にあります。この町に暮らした山岳写真家田淵行男の作品集です。北アルプスの峰の急峻で荒々しい姿の記録です。そこには山肌の緻密な起伏が鮮明に再現され、陽射しの当たる部分と影の部分の対比に息を呑みます。光と影、輝きと闇。山のある夏の日の光、風、静寂さが、一枚の写真の中に凝縮されています。カラーではなくモノクロの世界です。無彩色だからこそ山肌を照らす夏の日差しを一層強く感じます。

 山の様子はほとんど変わらない。変わったのは人が住む麓の風景でしょう。山は麓の多くの人々の日々、世の移ろいを眺めてきた筈です。夏の終わりのある日の午後、診察室の窓から眺めての所感です。