医局だより 【最新医学】病気について

前立腺がんについて  泌尿器科部長 酒井 善之

 天皇陛下が、昨年末に精密検査を受けられて、前立腺癌と診断され、一月中旬に東大病院で手術を受けられる旨の新聞報道がありました。皆さんもお読みになったと思います。私が泌尿器科医になってから、二十余年だちますが、この間に泌尿器科疾患の診断治療で大きく様変わりしたなあと感じるもの一つが前立腺癌です。昭和の時代には、前立腺癌が早期に発見されるのは、稀な出来事でした。その稀な場合というのは、前立腺肥大症で手術を受けて、摘出した前立腺の一部に癌の部分が見つかるというケースです。前立腺の診察の基本は、触診です。医者がゴム手袋をして患者さんの肛門に指を挿入し、前立腺を触ります。前立腺の大きさや硬さなどを触って調べるのです。硬くて凸凹していると、前立腺癌を疑います。しかし、触診だけで早期癌を発見するのは無理です。また、前立腺癌は、かなり進行するまで自覚症状がほとんど有りません。

 そもそも前立腺癌とは何ぞやという事からお話しします。前立腺は、男性の生殖器官の一つで、男性の膀胱の出口を取り囲むように存在する臓器です。物に例えて説明します。理科の実験器具でフラスコというのがありますね。下半分が球形で上半分が円筒状の中空のガラス製容器です。フラスコのくびれだ所を手で掴んで、上下逆にしたと想像して下さい。球形部分が膀胱、掴んだ手が前立腺、円筒状の部分が尿道に相当します。この例えを使うと、前立腺肥太症という病気は、手掌つまり手のひらから内側に向かって大きくなるので、膀胱の出口が狭くなり、尿の出方が悪くなります。それに対して、前立腺癌は、手背つまり手の甲から外側に向かって大きくなるので、排尿障冒を起こしにくいのです。

 早期発見が困難だった前立腺癌の早期発見を可能にしたのは、ある血液検査でした。血液中の前立腺特異抗原(英語の頭文字を取ってPSAと略します)という物質の量を測定するのです。PSAとは、正常の前立腺細胞が作り出す蛋白質の一種です。前立腺の役目は、精液の成分を作ることなので、PSAも大部分は精液中に分泌され、一部が血液中に漏れます。ところが、前立腺が病気になると、このPSAが血液中に沢山漏れ出します。それで、血液中のPSAが異常に高い値だと前立腺癌を疑う訳です。しかし、前立腺癌細胞が作り出す物質ではなく、正常な前立腺細胞が作り出す物質なので、癌でなくても、前立腺の病気なら何でも高値になりますPSAの値は、前立腺癌の可能性がどの程度かを示しているだけで、PSAの値だけでは前立腺癌か否かは断定できません。

前立腺癌か否かを決めるのは、前立腺生検という検査です。股の所むら針を刺し、前立腺組織をほんの少量採取します。その採取した組織の中に癌の部分が無いか病理検査をするのです。麻酔をしますので、痛くはありません。陛下が年末に受けられた精密検査と新聞が報じていたのは、この前立腺生検に違いありません。生検で癌と診断されると、次は臨床病期診断、つまり癌がどこまで広がっているかを調べます。これは、画像検査といって、MRI、CT、骨シンチなどです。

 治療の基本は、内分泌治療という薬物治療です。前立腺は男性にしなかに臓器なので、前立腺癌は、男性ホルモンの影響を受けて増殖します。そこで、体内の男性ホルモン量を減らすと同時に、男性ホルモンが前立腺癌細胞に働きかけるのを邪魔するのです。早期癌の場合には、この内分泌治療のほかに手術治療もしくは放射線治療を併用して根治を目指します。泌尿器科医は当然として、最近は、他科の先生方もPSA検査を高く評価され、人間ドックや地域・職場の健康診断でもPSAを測定する所が増えています。その結果、一昔前では考えられなかったほど、早期の前立腺癌患者さんが見つかるようになりました。
最後に、皇室御一家を敬愛する一国民んとして、陛下の御病気の御快癒をお祈り申し上げます。