神経内科だより  アニサキス症にご注意

神経内科医師 副院長 中野 武

先日、腹痛と嘔気、嘔吐を主訴に男性が来院されました。
前夜に宴会で痛飲されたとのことです。最初は 二日酔いの嘔気、嘔吐と思われた。
 しかし断続的に襲ってくる「絞るような腹痛」は二日酔いとは異なる。腹部は硬く軽度の腹膜炎を疑わせる症状がありますが、虫垂炎や消化管穿孔のときの腹膜炎とは異なっていて全身状態は良好でした。昨夜、しめ鯖(さば)を食したとのこと。
アニサキス症の可能性ありと診断しました。森繁久弥さんが緊急入院した病気です。

 アニサキスはイルカやクジラの腸に寄生している小さな虫(寄生虫とも言えますが、お互い利益をもって共存という状態です)。イルカやクジラの便には当然アニサキスの卵が含まれています。鯖などの魚はその便を食します。その魚の腸の中で卵が孵化成長します。そして今度は、その魚をイルカやクジラが食べて、その魚の腸の中にあった幼虫がイルカやクジラの腸の中で成虫になります。ある種の食物連鎖です。このようにアニサキスはイルカやクジラと魚の間を行き来して生涯を送るというケッタイな生き物なのです。進化の過程でこの術を獲得し何万年も前から続けているのです。

 アニサキス症はイルカやクジラの餌である魚を人間が横取りしてお刺身にして食べるので起こる病気です。敵は直径時ミリ、長さ20ミリの小さな回虫です。アニサキスは丘に上がって弱った魚の腸から魚の肉に移動します。生きたままお刺身にしたり、逆に古くなって鮮度の落ちた魚では決して起こりません。かつて信州ではアニサキス症は無かったそうです。多くは県外でお刺身を食べての症例でした。なぜならばそんなに鮮度の良い状態で食卓に並ぶことは無かったからです。流通の進歩で今では信州にもあります。表面を湯がく、炙る、酢でしめる、刺身に縦方向の切れ目を入れる等の工夫は先人から受け継がれたアニサキス対策です。生姜や山葵もアニサキスを弱らせます。人の胃に入るとアニサキスは人間の胃の壁にもぐりこみます。その時に痛むのです。胃壁を突き抜けるとアニサキスは弱って活動を停止し死んでしまいます。そして痛みも無くなります。内視鏡で観察すると胃の壁にもぐりこんでトグロをまいている虫を発見できます。以前、大学病院に勤務していた頃、研修医たちが胃カメラで取り出した生きたままの虫をシャーレの中で数日飼育していました。アニサキスには何の罪も無いのです。