診察室の窓から7

紫陽花の咲く頃   副院長 神経内科 中野 武

診察室の片隅に一輪挿しがあります。そこに紫陽花が静かな主張をしています。そう言えば古い病院の職員通用口の近くに紫陽花の大きな株がありました。

梅雨から初夏にかけて咲いていたのを思い出します。紫陽花は安曇野のあちこちに群生がみられます。野の仏に手向けられることが多かったからでしょうか。青、紫、黄、赤などの淡い色合いが移ろってゆく花弁には、春から夏の安曇野の彩りが全て含まれます。その姿は初夏の空に映えます。梅雨空の雨に濡れた紫陽花と葉の緑も趣があります。

遠い昔長崎出島のオランダ商館に来ていたシーボルトが、日本原産のこの花をヨーロッパに紹介したそうです。そして日本に残した恋人お滝さんの名をつけました。だからこの花はオタクサとも呼ばれます。今でもヨーロッパは遠い。別離の悲しみは如何程だったでしょうか。

さだまさしの「紫陽花の詩」という曲に「他人の心をごまかす様に 七つおたくさ あじさい花は おらんださんの置き忘れ」というフレーズがあります。
調べてみると紫陽花の花言葉は「移り気」「無情」「美しさと冷淡」「辛抱強い愛情」などです。この花にシーボルト先生はどのような想いを込めたのでしょうか。歴史は謎です。いずれにしても安曇野は花盛りです。