医療救護活動報告

このたびの東日本大震災により被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。被災地の一日も早い復興を心よりお祈りいたします。
 今回の災害は未曾有の被害をもたらしました。その影響は日本全体に及んでいます。全国各地から災害救護にあらゆる職種の方が駆けつけ、各々の技量を発揮し支援しています。日本赤十字社においても各赤十字施設より医療チームを編成して継続的な医療救護活動を行っております。当院では宮城県に4回にわたり医療救護班を派遣しました。(5月27日現在)
 また、日本赤十字社では義援金を募集しております。義援金については巻末をご覧ください。

 

医療救護について

救急部  藤田 正人

 “潮の香り”に加えて“ヘドロの臭い”。津波に襲われたその街は、おびただしい瓦礫と化していた。そして“屎尿と吐物の臭い”… 生きるために必要な水も電気も暖を取るための油もなく、吐物で汚れた衣服そのままに、煎餅蒲団に寝かされた避難所生活を送る子供達の臭いだ。テレビでは絶対に感じる事の出来ない大震災の被災地。ここが本当に現代の日本なのか…

 このような被災地の一つ、宮城県石巻市に当院からの医療救護班が入ったのは発災から9日目の事だった。この地で唯一診療機能が生き残った石巻赤十字病院の救護本部の指揮の下、避難所への巡回診療の任にあたった。遡ること発災から3日目には1日の救急患者が1000人を超えたという。当院の平均1ヶ月の救急患者が約900人なので、1日に押し寄せた事になる。まさに修羅場であっただろう。
 発災から1か月後、再び石巻を訪れた。診療機能が少しずつではあるが整いつつある石巻赤十字病院とは対照的に、津波に呑まれた街は何一つ変わっていなかった。“ヘドロの臭い”が強くなっている以外は…。

 帰る家もなく、移動する足もなく、頼るべき家族もなく、街そのものを失った被災者を思うと途方もない絶望感に襲われる。しかし、被災者は前を向いて歩き始めている。街が再生するまで私たちは決して目をそらさず支援を続けなくてはならない。支援は何でもいい。医療だけが必要なわけではない。何しろ街そのものがないのだ。楽器演奏や余興で被災者を和ませる。安曇野ならソバ打ちの実演などもいいかも知れない。上からの要請を待っているのではなく、個人個人が出来る時期から出来る事を始めていく。被災地支援には人の数だけの多様性が必要だと感じた。

 

▼長野県 栄 村

阿部知事に活動報告する当院医師

阿部知事に活動報告する当院医師

栄村役場にて情報収集をしています

栄村役場にて情報収集をしています

血圧測定をしています

血圧測定をしています

診療の準備をしています

診療の準備をしています

救急車2台に分乗して現地に向かいました

救急車2台に分乗して現地に向かいました

▼宮城県

場所によっては道路が浸水していました

場所によっては道路が浸水していました

自衛隊のヘリコプターからの風景です

自衛隊のヘリコプターからの風景です

津波の威力を物語る一枚です

津波の威力を物語る一枚です

住宅地まで船が押し流されています

住宅地まで船が押し流されています

地震以降鉄道は不通であり、レールも錆ついていました

地震以降鉄道は不通であり、レールも
錆ついていました

巡回する場所の情報を収集しています

巡回する場所の情報を収集しています

石巻日赤内にある対策本部です

石巻日赤内にある対策本部です

道路が寸断された救護所には自衛隊のヘリコプターで向かいました

道路が寸断された救護所には自衛隊の
ヘリコプターで向かいました

救護所の診察風景①

救護所の診察風景①

救護所の診察風景②

救護所の診察風景②

救護所の診察風景③

救護所の診察風景③